名古屋高等裁判所 昭和39年(行コ)14号 判決 1967年11月29日
控訴人(原告)
栄寿竹
代理人
沖賢翠
被控訴人(被告)
岐阜北税務署長
指定代理人
松岡康夫
外四名
主文
原判決を取消す。
控訴人の訴を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。控訴人が訴外株式会社岐阜相互銀行の訴訟事務を処理するため、昭和三六年八月二八日および二九日の両日富山地方裁判所に出張したことに対し、同銀行から支払いを受けた旅費、日当、宿泊費合計金九、二七〇円の中から金九二〇円を被控訴人が右銀行をして控訴人に対する所得税として源泉徴収させ、被控訴人において同年九月一〇日これを収納した行為は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は第一次的に主文と同旨の判決を、第二次的に「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上法律上の陳述、証拠の提出援用認否<省略>
理由
先づ本訴の適否を検討する。
控訴人は、本訴において、源泉徴収義務者である訴外株式会社岐阜相互銀行が控訴人に支払うべき金員から所得税法所定の率により源泉徴収した税金を被控訴人に納付し、税務署長たる被控訴人がこれを収納した行為を行政処分であるとしてその無効確認を求めているものである。
右一連の行為には徴収義務者の側の行為と税務署長の側の行為とが含まれているので、それらの行為が「公権力の行使」にあたるか否かを順次考察する。
一徴収義務者の徴収・納付行為
源泉徴収制度において、徴収義務者は一方では受給者との関係で徴収行為を、他方税務署長との関係で納付行為を、それぞれ義務づけられている。
(イ) 実体法上、徴収義務者は支払い毎の天引徴収を義務づけられ、受給者は受給毎に正当額を負担することを義務づけられ、この双方の税務署長に対する義務関係が、現実には徴収義務者の徴収行為という形で規定され、それが受給者の側の受忍行為を現出せしめているのである。しかし、徴収義務者の徴収行為は受給者との関係で「公権力の行使」であると解することはできない。なぜならば、徴収義務者のなした天引徴収金は、それが国庫に納付されない限り、いまだ公金ではないし、受給者が天引を受忍するのは、窮極において実体法上有する租税負担義務のゆえであつて、徴収義務者の徴収権限その他徴収義務者の側の有するなんらかの公権力のゆえではないからである。徴収義務者の徴収義務も、受給者の天引受忍も、ともに受給者が正当税額にもとづく負担義務の存ずるかぎりにおいて成立し、その範囲内で、徴収義務者と受給者はあたかも徴収(債権行使)と受忍(債務履行)の関係にあるごとくみえるが、実体法的には両者それぞれが独自の義務づけによつて、税務署長との間で別々の法律関係に立つているものと考えられる。しかしこの実体的な関係が法の規定の上では背後に隠され、単に徴収義務者対受給者の関係があるごとくみえるにすぎない。このように、正当税額の徴収行為に関する限り、税法上結びつけられている両者の関係も、徴収義務者の側における正当税額以上の徴収行為すなわち過大・過誤徴収行為が生じたような場合には、両者を税法上結びつける何物も存在しなくなり、右の過大・過誤徴収行為に対しては、純然たる民事上の債務履行請求もしくは不当利得返還請求の原因が生ずるに至るのである。従つて、徴収義務者の徴収行為それ自体は「公権力の行使」に該らないこというまでもない。
(ロ) 徴収行為により、受給者の納税義務は消滅するが、徴収義務者の側では徴収金を納付すべき義務が生ずる。しかして、納付行為は、税法上、受給者の存在を媒介とせず、端的に徴収義務者の税務署長に対する納付義務にもとづいて成立する。すなわち、納付行為そのものは、受給者との関係で、公権力の行使に該たるか否かを問題にする必要も余地もないのである。換言すれば、納付行為は徴収義務者の税法上強制された義務履行行為以外のなにものでもないといえる。
二税務署長の収納行為
徴収義務者は徴収金に納付書を添えて、これを日本銀行(国税の収納を行なう代理店を含む。以下同じ。)、郵便局または源泉徴収金の収納を行なう税務署の署員に納付する。成立に争いのない乙第二号証、第六号証および弁論の全趣旨によれば、日本銀行または郵便局が収納手続をした場合は領収済通知書および所得税徴収高計算書を税務署長にあてて送達すること、税務署の署員が収納する場合にも所得税徴収高計算書が併せ提出されていること、右徴収高計算書の記載事項は支給総額、税額の各合計金額にとどまることが認められる。
(イ) 前記日本銀行または郵便局から送付された徴収高計算書等を税務署長が受理する行為あるいは税務署の署員が収納する行為は、いわば窓口事務的行為にすぎないから、「公権力の行使」にあたらないことは明らかである。
(ロ) 徴収義務者の手を通じて納付された金額については、徴収行為に引き続いて直に個々の受給者別に調査確認がなされることなく、年末調整か確定申告の際に、個々の受給者別に当該納付金が正当税額であるかどうかの調査確認がなされ、正当税額である場合には当該租税法律関係が終結し、正当税額以上である場合には還付手続がなされ、正当税額以下である場合には納税告知手続がとられることになる。税務署長の右確認行為は正しく抗告訴訟あるいは無効確認訴訟の対象たる「公権力の行使」と解することができる。しかしそれ以前の段階においては抗告訴訟あるいは無効確認訴訟の対象たる「公権力の行使」は存在しないものと解するのが相当である。
以上説示のとおり、控訴人の主張する徴収より収納に至る一連の行為が「公権力の行使」にあたらないことは明らかであるから、行政訴訟によつてそれら一連の行為の無効確認を求めることは許されないというべきである。されば本訴は不適法であつて却下を免れない。
よつて、右と見解を異にする原判決を取消し、訴訟費用について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して注文のとおり判決する。(石谷三郎 渡辺門偉男 小沢将)